淡水の物語と日記

内海淡水のフィクション物語と日記のブログです

愛の音色-11-

-11-
 喫茶店を出た奈美と愛子は、淀屋橋から北浜のほうへ歩いて、早いけどといいながら食事をすることになった。女二人だから、お酒を飲む処ではなくて、食事ができる処を探す。奈美がこの界隈のことはよく知っているから、イタリアンの店に入った。まだ勤め人には仕事が終わっていない時間だから、空いている。パスタが美味しい店だから、奈美も愛子も店長お勧めパスタを頼んだ。
「そうなの、美奈はからだを壊したんだ、ストレスよね」
「そうかもね、あんまり営業の仕事、好きじゃないのよね」
「その点、わたしは、らくちんね、バイトだし、コンビニだし、慣れれば、ね」
「どこのコンビニなの、住んでるところは中津だから、淀川沿いのローソン」
「中津には、あんまり行かないな、わたし、京阪電車だから」
「そうなの、枚方だよね、ワンリームだよね」
「そうそう、ワンルーム、家賃、高い、安いの探そうかなぁ」
「わたしは、大阪から離れるよ、丹波の方、彼の工房が篠山なのよ」
「そうなの、いつごろから、なの」
「もう、そうなの、一緒なの、篠山はいいところよ」
愛子は、ガラス工芸の工房を持つ大竹信二のところで、もう一緒にいるんだと言った。大竹信二の工房は名前を粋工房といった。大竹は三十半ばを越えていて、愛子とは干支ひとまわり違う年齢だといった。200坪の敷地に畠を作って、自給生活をしている信二に惚れたのだと言った。
「近くにね、ヤギを飼ってる所があって、そこで、お手伝いさせてもらってるのよ」
愛子は、都会人だと思っていた奈美には、ヤギの乳を搾る仕事を手伝っているということに驚いた。畠もやっているという自然派だ。そんな生活があるのだ、ということを奈美は初めて知った。別段これまで興味がなかったから知る由もなかった。
「そうなのよ、彼、アーティストだから、わたし、好きになっちゃったのよ」
「そういう生活が、愛子には、向いているのかしら」
「三年前よ、辞めたの、二年間会社勤めしてたじゃない、面白くなかったのよね」
奈美が直面している事態に、愛子はもう三年も前に直面して、会社を辞め、ぶらぶらコンビニバイトでつないでいて、その店へ常連で買い物にきていたのが大竹信二で、プロポーズされたのが一年前。それからつきあうようになって、バイトの合間に、粋工房へ半分遊び、半分お手伝いに行くのだという。一週間に一回、泊まってくるんだと、愛子はいった。
「いいなぁ、愛ちゃん、わたし、ひとり、だれもいない」
「いるんでしょ、銀行の人がいるって言ったじゃん」
「いっかいだけ、会ったの、京都へ行ったの、ついこないだ」
奈美には小杉裕二の顔が脳裏に浮かんでは消える。どうしたわけか、心を許した相手だ。最初のデートで処女を明け渡した彼、小杉裕二、32歳の銀行員だ。好きになってもらおうと、美容院へ行き、ブティックへ行って、身の回りを美しくしてもらったところだ。魅力ある25歳の女、向井奈美が誕生しはじめていた。

IMG_2150

愛の音色-10-

-10-
 落合愛子とはフェースブック友達になっていたから、検索してメッセンジャーで会いたいと書き込んでから数時間後に返信があった。淀屋橋の駅を上がったところにある喫茶店で、二日後の午後三時に待ち合わせできた。奈美は、愛子と連絡が取れたあとの、翌日に美容院へ行った。顔なじみの美容師さんにお任せして、今現在の美人にしてもらえる、というのだ。
「そうね、ショートカットがいいわね。可愛くなるよ、きっと、ね」
「ああっ、おねがいします、切ってください」
長い髪の毛をショートカットにしてもらって、首のところでカールするようにしてもらって、おかっぱにしてもらうと、奈美は別人のようになった。
「ルージュも赤いのがいいね、似合うと思う」
「お洋服も変えなくちゃね、ユニクロでもいいけど、ブティック紹介するわ」
美容師さんは、奈美からすれば美容の、スタイリストの専門家だ。多少お金がかかったが、紹介されたブティックへ行って、ピンク系でエレガンスな洋服を選んでもらって、着てみることにした。翌日、愛子と会った。愛子は、可憐さと優雅さを纏った美奈に、目を見張った。
「愛ちゃんだって、素敵だよ、わたしなんかより、素敵よ」
「まあまあ、ご謙遜を、美奈だって、素敵だよ、抱きたいくらいだよ」
「それで、婚約したのよね、フェースブックで見たよ」
「まあ、ね、25だし、縁あるときに一緒になろうかと思った」
「まあね、いいな、わたしなんか、つまんない」
「いい人、見つけなさいよ、わたしたちの人生って、男次第のとこもあるでしょ」
「愛ちゃんの彼は、いい人なんやろな、いいなぁ」
「いい人、いるんじゃないの、奈美、わかるわよ、わたし」
「ええっ、まだ、そんな、そんなとこまでいってない」
小杉裕二の顔が浮かんできた奈美だ。まだ一回しかデートしたことがない相手だ。その後、連絡がない。からだを結んでしまった関係になったが、奈美には、この後があるのかないのか、不安なところだ。
「彼、信二ってんだけど、アーティストなのよ、だから、わたしが支えてあげないと」
「なにしてるの、アーティストって、何屋さん」
「ガラス工芸、ほら、コップとか花瓶とか、そういうの作ってるのよ」
「工房って持ってるの?、信二さん、わたし、興味あるわぁ」
「奈美の彼は、どんな人なの、やってるんでしょ」
「やってるって、なにを?」
「なにをって、決まってるでしょ、せっくす、よ、女は男次第だから」
午後三時過ぎの駅上喫茶店は、会社員の男子グループがミーティングしている。女子は休憩時間してるのか、ひとりで、ストローでアイスコーヒーを飲んでいる。奈美は、病気休職しているが、数日前まで、ここにいる人たちと同じような日々を過ごしていたんだ、と思う。

IMG_0610

愛の音色-9-

-9-
 気持ちが少し疲れているから、しばらく、ゆっくり、休養した方がいいよ、と医師に言われて、奈美は、その旨の診断書を作ってもらった。会社には休職だと言ったらいい、とカウンセラーからアドバイスをもらって、奈美は電話で営業チームリーダーに電話した。
「そうなの、それなら、しばらく休みにしたらいいわ」
「はい、よろしく、おねがいします」
「診断書は、私宛に送ってもらえる?、郵便でね」
「はい、わかりました、送ります」
チームリーダーは三十半ばの女子で、営業十年以上のベテランだ。誰に相談するとも、相談する相手がいない。病院でカウンセリングを受ける、というのも奈美には踏みだせない。ひとまず、明日からは休みだ。そう思うと気が晴れた。辞めるのではなく休職だというのだ。病気休職の扱いだと会社からは給与は出ないが、保健組合の方から半分ほど支給されるから、失業よりいい。診断書は三十日だ。
 夜になって、奈美は駅前のコンビニへ、飲み物と弁当、明朝のパンを買いに出かけた。暗くなった駅前は、仕事を終えて帰ってくる男の人、女の人、みな足取りが重いようにも見える。
<わたし、なにしてるんやろ、わたし、こんなことで、いいのかしら>
お酒は飲まないし、外食もあまりやらない奈美は、見渡してみると、ひとりぼっちだ。会社で、営業チームで競争しているけれど、心をひらいて話をすることもなかった。裕二の顔が浮かんでくる。小さなテーブルにペットボトルのお茶と洋食の弁当をひろげ、テレビをつける。お笑いのバラエティー番組で、気持ちがのらないからスイッチを切った。静寂になる。心細い。ワンルームは檻のように思える奈美。食事は半分だけで終えた。
<あした、美容院で、きれいに変身させてもらおかな、まえに言われから>
あまり華美にならない程度のおしゃれをしたら、奈美さんは、粋な女性に変身するよ、と美容院のおねえさまが言っていた。その美容師さんを訪ねていって、小悪魔ちゃんにしてもらお、と奈美は思った。そう思うと、こころが浮き浮きしてきた。
 短大のときに買ったデジタルカメラを、取り出してみた。写真サークルに入っていて、友達数人と撮影をかねた旅行に行ったこともあった。そう思うと、次から次へと思い出がよみがえってきた。カメラは短大卒業後も使ったことがあったが、最近ではスマホで撮るだけで、カメラは使わない。そうそう、そうなのよね、愛子の車は軽四輪だったけど、四人で山陰の方へ旅したなぁ、と思うとアルバムを取り出して開いてみた。女の子が四人、大山のお土産屋さんで、知らない女性にシャッターを押して、撮ってもらった記念写真がアルバムに張られている。愛嬌ふりまく四人組っていった感じのポーズをとって、写っているのだ。
<19才だったのよね、わたし、みんな、どないしてるんやろ>
懐かしさの気持ちが湧き上がってきて、卒業後もメールのやりとりをしていた愛子に、連絡をとってみようと思い立った。

IMG_0154

愛の音色-8-

-8-
 朝の通勤電車でもそうだったが帰りの電車のホームでも、奈美の姿が見えない。奈美は、先週末、土曜日に京都へ行って、いきなり夜にはラブホテルへ連れこんだ女だ。会えばどう対応しようかと思っていた裕二だが、会わなかったから物足りない。LINEでつながっているとはいっても、大人の男を自認する裕二には、自分からメッセージを送ることに躊躇する。相手によってはセクハラだと思うかもしれない。会社員25歳の奈美がその後、関係した男のことを、どう思っているのか、それは男の裕二にはわからない。
 奈美は、月曜日の朝に、めまいがして、会社へ行くのをためらった。無断欠勤できないから、上司にメールで休暇を申し出た。奈美の仕事は会社相手の訪問セールスで、アポなしの飛び込み営業だから、休んでも職場に迷惑をかけるほどのことではなかった。ワンルームに、ぼ~っとして午前を過ごす。パジャマは着替えて普段着だがラフな格好になった。パンストもボディスーツもつけなくて、柔らかブラとショーツ、それにふわふわのワンピース、裾が足元まであるやつだ。
<会社、やめよかなぁ、もう、疲れちゃった、営業できないし>
短大を卒業して勤めた会社では事務仕事で、性に合わないと思って半年ほどで辞め、食品販売会社で契約社員となり三年、昨年から今の会社だ。事務機器のリース契約をする営業で、若い女子だからの有利さを生かしての仕事だ。
 詩を書いて写真を撮っている奈美だ。短大で、詩を書くサークルと写真サークルに入っていて、そのまま卒業しても趣味としていた。
<写真の学校へ行ってみようか、専門学校>
五年間で貯めたお金があるから、しばらくはなんとかなる。失業保険ももらえるし、ああ、学校へ行ってみたい、学生してみたい。25歳にもなって、自分の場所がわからなくなってしまって、ひとり暮らし。男の人と性交渉した。初体験だったが、気持ち的にはすっきりした。もやもやしていた気持ちが吹っ切れた感じだ。結婚。憧れるほどではないが、32歳の銀行員小杉裕二、初めての男性のことを思う。連絡をとってみようかしら。裕二からLINEは来ないし、また、会いたいといってたから、あってもらえると思う。
<星が丘だっていってたな、星が丘のマンションだといってたよね>
体調がすぐれないから病院へ行って、診断書もらって、退職願を出そう。25歳のOL、営業職の奈美がそう思って、その日は午後から、市民病院へ診察を受けにいった。

IMG_2350


愛の音色-7-

-7-
 終えてホテルを出たときは、もう夜のとばりが降りていた。建仁寺の門前から石畳の花見小路を、並んで歩いている裕二と奈美だ。ハイキングスタイルの奈美が歩きにくそうにしているのは、歩きつかれたからだろうと人には見える。初体験したあとの奈美だ。からだが辛い、歩き辛い。裕二が気を使う。京阪電車の乗り場まで歩けるのかどうなのか。裕二は物足りない。出すべくものを出していないから、腰まわりが疼く感じだ。
「そば、たべないか、奈美さん」
もう電車の乗り場近くにまで来て、夜の食事に、にしんそばを食べようかと、裕二が誘った。
「ええ、どうしょかな、もう電車に乗りたい」
奈美は、疲れたからもう帰る、と匂わして断った。裕二は、心細げに、奈美の申し出を了解し、京阪電車の特急に乗った。うまい具合にロマンスシート二人分が空いていたので、窓側に奈美、通路側に裕二が、並んで座った。裕二が奈美の手を握り、無言のまま八幡を過ぎ楠葉を枚方市駅に着いた。ホームで別れ、裕二は支線に乗り換えるのだった。
 駅のホームで裕二と別れて奈美は、改札を出、ワンルームの自分の部屋に戻る。駅から歩いて五分ほどのところの賃貸ワンルームマンションだ。
<あげちゃった、やれやれ、これでいいのよ、スッとしたわよねぇ、奈美ちゃん>
25歳になるまでセックスの体験がなかった奈美だ。自分でもおかしくなって笑いたいほどに、おくての自分に愛想をつかしていたところだった。
<32歳の銀行員さんだ、イケメン、優しそうな人、つきあってほしいな>
夜に部屋に戻ってきたときは、最初にお風呂に湯を入れる奈美だ。シュシュで括った髪の毛を伸ばす。ムズ痒いような感覚がある股間あたり。初めてのセックス体験の顛末を思い出そうとするが、思い出せない。無我夢中だったからかもしれない、と奈美は納得して、安井金毘羅さんで縁結びをしたあとのことが、思い出せない。セックスしてもらうときのことも、思う出すが、まるで夢の中のような感じに思える。お風呂に入る。一人用だから狭くて足を伸ばしきれないが、湯温でからだがほぐれてくる。下穿きに血がついていた。処女ではない。そうなんだ、わたしは女、結婚してもいいな、銀行員の裕二さん、いい男の人だ、好きになってしまいそう、それでいいのよね、そうですよね、神さま。奈美は、湯に浸かりながら、あれこれと夢想するのだった。
 裕二は、星が丘のマンションに戻って、奈美のことを思う。25歳の女だ。あまり明るい性格ではないが、真面目そうだ。最初のデートでホテルまで来たのは、女としてどうなんだ。でも、性欲満たしに使ってもいいな。裕二は奈美を恋人と呼ぶにはまだ早すぎる気がする。LINEでメッセージを送る「今日はありがとう、楽しかったね、また、会おうね、裕二」、あとは奈美からの返信待ちだ。夜の食事が出来なかったから、通りのコンビニで弁当を買ってきた。独り暮らしは慣れている、とはいえ侘しいとも思う32歳の銀行員の係長小杉裕二だ。奈美からは30分ほどしてから返信が来た。「ありがとうございました。また、お会いしたいです。よろしくお願いします、奈美から簡単な内容だが、会いたい、との意思を告げてきたことに、裕二は優越感を覚えた。

IMG_3065

ギャラリー
  • 愛の音色-11-
  • 愛の音色-10-
  • 愛の音色-9-
  • 愛の音色-8-
  • 愛の音色-7-
  • 愛の音色-6-
  • 愛の音色-5-
  • 愛の音色-4-
  • 愛の音色-3-
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

  • ライブドアブログ