物語と写真

中川シゲオの物語と写真のブログです

にっき190309

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はなと小説ホームページ
3月9日、土曜日、梅の名所、北野天満宮、梅林へ行きました。
お茶とお菓子をもらって、赤い毛氈の床机に座って飲み食べました。
とってもいいお天気で、青空、温かい昼間でしたね。
ええ、問題なしです、異常なし、こころ穏やかです。
ご心配かけてすみませんでした。
写真は、北野天満宮の梅林風景です。

突然に三年前の写真が現れてきて、一気に胸が冷たくなりました。
思い出はまだ遠くにはいっていなくて身近にありました。
記憶とは、日々消えうしていくものですが、パッとよみがえります。
そのよみがえりのきっかけは、写真、一枚の写真、それです。
そのひとが写った写真、ピンボケの写真ですが、露出も過多です。
でも、なによりも、それが、写真、ええ、写真そのものですね。
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にっき190306

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何の変哲もない風景ですが、仁和寺街道の千本から西方向を眺めた景色です。
七本松から順次一番町が始まって六番町まであるようですが、五番町が有名ですね。
水上勉さんの小説に、五番町夕霧楼ってのがあって、遊女夕霧が描かれる。
実はぼくはこの小説を読んでいません、みつかりません、見つける努力が足りない。
日本の、京都の、この界隈が、遊び場になったのは秀吉の采配によるようですね。
千本中立売から西へ向かうと北野天満宮の参道になっていくんですが、その南側です。
考証をしているわけではなくて推測ですが、門前町の一角の遊び場でしょうか。
北野天満宮の東門からは上七軒のお茶屋街がありますが、ここは南の方です。

いいえ、子供のころに、五番町、五番町、という言葉を聞いていましたから。
この界隈が遊郭があった処だとは、ほぼ大人になってから知ったことです。
市井の生活者の意識の中に、遊ぶといえば、男女の遊びがあったんでしょうね。
先の大戦後に生まれたぼくには、書物で読む程度にしか知識はありません。
京都をテーマに、写真を撮り文章を書くという作業を細々と続けているところです。
庶民の生活レベルで、なにがあったのか、その意識は、気持ちは、と問います。
たぶんべたべたな庶民感覚がぼくの意識を構成していて、其処へ行こうとしてる。
気持ちは、母への回帰じゃないけれど、この風土に回帰している気がしています。
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にっき190304

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これがこうなる、という写真加工の現在をここに書いておきます。
スマホはエクスペリアSONYで撮った写真を黒枠付きで加工したのが上。
その写真をいくつかの変換機能中から選んで保存したのが下。
フィルムの時代にはこんな簡単にこんなことはできなかったですね。
でもこれが現在、今、いま、のカメラそのものです、と再認識です。
昔を知らない世代のひとは、写真について、ここからの出発ですものね。
現代の写真をとりまく作家の風景、といえばいいかと思います。

作家をやろうと思っていて、写真を撮ることもそうですが文章も書きたい。
文章はフィクションで小説という形式をとって興味のままに書いています。
けっきょく、身の丈に応じたところでしか作れないから、自己満ですね。
なんでこんなアホなことしてると自問しても答えなんて返ってきませんね。
答えが導けないから、思い悩んだり、アクセクするんでしょうね。
もっと気楽に、好き放題にして、虚しいけど自己満足でいいのかなと思う。
経済の枠組みから外れていても、それでいいじゃないかと思う次第だね。
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にっき190302

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昨日のことでしたが、狐塚古墳へいくと、発掘調査をやっておられました。
周辺がきれいに整理されていて、石室への洞穴の扉が開けられていました。
若い人が5~6人、写真の手前で、刷毛で土を退けていました。
某大学の研究室の学生さんと先生のグループのようでした。
石室のなかへ入らせてもらって、G5Xで何枚か写真に撮りました。
これまで何度か訪れていましたが、荒れて、足を踏み込むのも躊躇みたいな。
それが、周辺、きれいに草が刈られて、古墳らしくなっておりました。

今日は「フォトクラブ京都」の月例会がある日、第一土曜日です。
写真を学ぶ場として機能させていきたいと思っているところです。
写真を学ぶ場として、お金を払わなくても学べる、その体制を作っています。
お金の切れ目が縁の切れ目、お金を払わないと学べない、ではなくてです。
でも、不思議なもので、お金を払うとその気になるらしい、アホやなぁ。
学ぶこととお金を払うことを切り離して、継続して学べるのが、理想です。
さて、さて、どうなっていくのか、わかりませんけれど、ね。
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食べ物語-4-

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食欲という奴は、本能のひとつ、生きるための意欲をかもしてくれる奴ですね。
うまいことになってるわ、と思うことに、この食欲と性欲が表裏一体になっていることです。
ぼくが勝手に裏表といっているだけで、根拠は、ぼくの思いだけですが。
性欲が衰えてくるにつれ、食欲が強くなってきたように思えます。
欲は欲望、生きる力、生きていく力になる、この能力で、本能だと思っています。
食文化って、やっぱり関心ごとだから、いまなら和食、これの話題があります。

ぼくの趣向でいえば、家庭料理よりも外食に感心があって、社会に繋がっているから。
高級料亭の食よりもB級グルメとか、レトルト食品とかに、興味が向きます。
それと地産地消とか、食べ物をどう扱うかという社会問題に至る方への興味です。
最近は、チャラついた日本の現状を作っているひとつ、外食チェーンの食事です。
食欲を満たす方法を、あの手この手で、体験的に食してレポートしています。
性欲を満たす方法のほうは、興味あっても実行しないからレポートできませんが。
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日記190222

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一日という時間があっという間に過ぎる、そんな感覚になってきます。
年とると年月の過ぎるのが早く感じられる、とはよく聞かされたものです。
実際に、年をとるにつれて、実感として、ものすごく早く過ぎる感覚です。
人間の感覚って、どうしてこんなに違ってくるのか、浦島太郎を実感します。
最近は、カメラを持って、あちこち、主に古墳のある処を探して歩いています。
写真のポイントを絞るためですが、そのポイントは風土に根ざした場所です。
写真に撮るモノの意味を求めて、その意味を自分でかみしめながら写真にする。
見るヒトには、説明を加えない、言葉を介在させない、このことを実験しています。
これまでの「写真」の概念を無視して、意味を失くしてしまう作業です。
面白い、面白くない、と問えば、面白くない写真になると思います。
写真の意味を、写真をとおして、様々な言葉で綴る意味を、剥奪する実験です。
まあ、今日は、もう夜も遅いから、この辺で終えます。
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