物語と日記

内海淡水のフィクション・物語と日記のブログです

物語190108

160tabi1901030281
はなと小説ホームページ
 日本最古の神社のひとつという石上神宮(いそのかみじんぐう)を日本寫眞記-5-として寫眞と文ブログにアップしました。
 石上神宮を文字清さんに導かれて参拝したのは比較的最近のことで、昨年10月のことでした。近鉄で天理までいき天理教の本殿を見つつ通り過ぎて山の辺にまで歩いていくと、石上神社の石柱がありました。事前に情報を得ないようにしているぼくは、その神社がどういう言われの神社なのかとは、知る由もありませんでした。初代から九代までの天皇は実在していないとも言われている、と聞かされたのは初めてでした。

 引用の中にもある崇神天皇が実在の最初の天皇ではないか、との説もあるとも聞きました。詳しい人に言わせれば、そんなことも知らないのか、と叱られそうですが、事実だから仕方ありません。知ったかぶりをして威張るより、知らないことは知らなくて、ぼくが勉強してきた範疇に神話と言うか日本創生に関しての知識を持ちえないまま、この歳になっているという事実を告白しておかないといけない。戦後教育とよく言われるが、ぼくは戦後に生まれた世代で、たぶん学校教育のなかではタブー化していた領域だったのではないでしょうか。

引用はじめ「当神宮は、日本最古の神社の一つで、武門の棟梁たる物部氏の総氏神として古代信仰の中でも特に異彩を放ち、健康長寿・病気平癒・除災招福・百事成就の守護神として信仰されてきました。
 総称して石上大神(いそのかみのおおかみ)と仰がれる御祭神は、第10代崇神天皇7年に現地、石上布留(ふる)の高庭(たかにわ)に祀られました。古典には「石上神宮」「石上振神宮(いそのかみふるじんぐう)」「石上坐布都御魂神社(いそのかみにますふつのみたまじんじゃ)」等と記され、この他「石上社」「布留社」とも呼ばれていました。」引用おわり

物語190107

160tabi1901030158
はなと小説ホームページ
天照大神が祀られているという桧原神社について。


別のブログ<寫眞と文>に日本寫眞記を連載しているところですが、その4に桧原神社の風景を載せたところです。先っ飛鳥の古墳群、京都府大江山の元伊勢神宮、そうして奈良県桜井市の大神神社の摂社という桧原神社が今回です。日本生成の精神史をぼくなりにイメージしてみたいと思って、写真を連ねはじめました。精神史といっても、十分なイメージを持ちえているわけではなくて、この二年間ほど奈良と京都の古い時代の痕跡を求めていることになってきました。イメージが先にあったわけではなく、被写体となる現地で写真を撮り、それをイメージの中でまとめようとして、新年、試行しはじめたところです。この日記と連動させながら、ネットの中で写真集を編んでいくのもひとつの方法かと思います。

引用はじめ「この地は、崇神天皇の御代、宮中よりはじめて、天照大御神を豊鍬入姫命(とよすきいりひめのみこと)に託されてお遷しになり、「磯城神籬(しきひもろぎ)」を立て、お祀りされた「倭笠縫邑(やまとかさぬいのむら)」であります。

大御神のご遷幸の後も、その御蹟を尊崇し、檜原神社として、引き続きお祀りし、「元伊勢(もといせ)」と今に伝えられています。

境内には、昭和61年11月5日、豊鍬入姫命を祀る豊鍬入姫宮(とよすきいりひめのみや)が鎮斎されました。

万葉集等に「三輪の檜原」と数多く詠まれ、山の辺の道の歌枕ともなり、西につづく檜原台地は、大和国中を一望する絶好の地であります。」引用おわり

日記190104

_20190104_142811
はなと小説ホームページ
正月三日間が終わり、そろそろ日常の感覚に戻してこなくちゃいけないな。
今日も神社巡りに出かけましたが、堀川から寺の内通りを東に歩いていきました。
水火天満宮でバスを降りて、少し上がったところに宮内庁管轄の場所を見に行きました。
火葬塚で十m四方ほどの少し盛りあがった土地で石の柵に鉄の扉が設えてありました。
水火天満宮で写真を撮り、本法寺へ赴き写真を撮り、小川通理へ出ると裏と表の千家さん。
スマホがメインではなく、デジカメをメインにして、あらためて京都を撮り出しています。

烏丸通りに出る手前で、自転車に乗った女性に遭遇しました。
どうしてそこで出会ってしまったんだろう、偶然とはいえ、奇遇すぎる出会いでした。
狐につままれた感じで、言葉が出なくて、どうしたらよかったのか、奇遇でした。
ええ、それから上御霊神社へ赴き、写真を撮って、帰りは地下鉄とバスでした。
これまでに生き慣れた場所ばかりでしたが、日本寫眞記の後半に使えるかと思う。
寫眞集にしたいと思っている処で、簡単な写真集を作るかなぁ、と思っています。


日記190103

_20190102_134336
はなと小説ホームページ
新年、2019年の幕開けですね、平成31年です。
一条通りの紙屋川の西に、地蔵院、俗に椿寺と呼ばれている寺院があります。
ここの十一面観音像が正月三ヶ日とお盆だったかに御開帳されます。
昨年も撮れましたけど、今年も撮らせてもらうことができました。
スマホで撮った写真ですが、これを載せさせてもらって、新年のあいさつです。
今年もよろしくお願いいたします。

ここでは、フィクションとダイアリー、小説と日記、これを今年も載せようと思います。
小説はノーマルなもの、写真もノーマルなものを、書いて、載せていきます。
昨年のひと頃、小説を四編、連載していたことがありました。
四編となると、ちょっときついところもあり、以後は二つ並列で書いています。
<はなと小説>ホームページに、過去のもの、載せていますのでお読みください。
たいしたことはないです、感動していただくほどのものではないです。
取り扱いのこと、よろしくお願いいたします。

日記181231

_20181230_191449
はなと小説ホームページ
昨日は、京都の錦市場へ買い物に行ってまいりました。
ここ数年、毎年この時期に、錦のこの市場に赴いています。
彼女が正月の接待用に料理を作るための買い出しです。
ぼくの家族は、既存のおせち料理のパックは買い求めておりません。
とはいいながら、出来合いの物を買っているのが実情ですが、です。

大晦日、2018年(平成30年)12月31日、これが本日の日付です。
なにかと変化があった年でした。
成熟といえば、現代表現研究所の開所とフォトハウス表現塾の開塾です。
これまでのことをリセットして、新しい価値軸を立てる、そのとっかかりです。
既存の価値の既定路線しか走れない輩が多いなか、そこに変異を起こさせること。
小さな軸ではあるけれど、新機軸が姿を現したと感じる人はまだ少ないと思う。
その場はグローバル化する世界のなかで、自分を発見していくトレーニングの場です。

今年の4月からはカフェ&プレスを開催、9月からはフォトクラブ京都の例会開催。
枠組みの基本形が出来てきたところです。
この器に、どのようにして人を呼び込めるか、これが次の課題だと思っています。
でも、何人かの方から、賛意をいただき、力強く感じております、感謝です。
来年も、よろしくお導きのほど、お願いいたします。


日記181229

_20181229_133958
はなと小説ホームページ
いよいよ年の瀬も押し迫ってきましたね、今日は12月29日日曜日です。
ここも疎らなところで、人があまり来ません。
開店休業みたいなブログですが、次に備えて残しております。
連載で小説を書いていたブログですが、いまは休載中というところです。
只今は、二編、シリーズで書いておりまして、別の場所で連載中です。
愛の部屋、愛の物語、この二編ですが、いずれも現代的愛の形を追求です。
究極のところ愛の問題を扱うのが、ぼくの小説の本筋かと思っています。
リアルロマン、なんて言葉を紡ぎましたけれど、浪漫派でもあるかと思います。
今年も、いろいろ、お世話になりました、ありがとうございました、感謝です。

ギャラリー
  • 食べ物語-2-
  • 物語190215
  • 物語190215
  • 物語190213
  • 物語190212
  • 物語190210
  • 物語190209
  • 物語190209
  • 物語190208
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

  • ライブドアブログ