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はなと小説ホームページ
中川シゲオの物語、再開です。
京都は千本通りの上立売に釘抜地蔵尊があります。
子どものころから身近にある寺で、石像寺が正式な寺の名前です。
くぎぬきさん、釘抜さん、と呼ばれて市井の庶民に親しまれる祈願所ですね。
願掛け、竹の棒を束ねて持って、このお堂のまわりをまわって拝んでを繰り返す。
一回まわると竹の棒を一本返す、祈願、自分の事、身内の事、平癒を願う。
空海(弘法大師)がこの地に来て、なにやら行為したあとにこのお堂が建った。
釘抜を人体に見立て、釘抜の自分が病む処をさすって、自分にさすり返す。
節分の日に撮影した写真を載せますが、本尊だと思う、御開帳されています。
平時は扉が閉めてあって、拝むことはできるが、見ることはできません。

平安京のころ、千本通りのこの辺は、大極殿の北側になる処です。
ぼくの推測で話をすすめますが、千本通りは蓮台野へ進む道です。
野辺送りというか葬送に、千本通りを北上する。
そのとっかかりが、ここ釘抜地蔵尊がある、この場所です。
千本の由来は、桜が千本というけれど塔婆が千本立っていたとの話も。
そうか、塔婆が千本立っていたのか、此処から200mほど北にえんま堂がある。
あの世へいく道筋で閻魔大王の裁きを受けなければなりません、ここはその手前です。
まだ、この世ですね、釘抜地蔵尊、この世で苦し四苦八苦する、この世の最果て。
救いを求める気持ちで、仰ぐ気持ちを、宗教心といえばいいのか、とも思います。
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