物語と写真

中川シゲオの物語と写真のブログです

2019年02月

食べ物語-4-

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食欲という奴は、本能のひとつ、生きるための意欲をかもしてくれる奴ですね。
うまいことになってるわ、と思うことに、この食欲と性欲が表裏一体になっていることです。
ぼくが勝手に裏表といっているだけで、根拠は、ぼくの思いだけですが。
性欲が衰えてくるにつれ、食欲が強くなってきたように思えます。
欲は欲望、生きる力、生きていく力になる、この能力で、本能だと思っています。
食文化って、やっぱり関心ごとだから、いまなら和食、これの話題があります。

ぼくの趣向でいえば、家庭料理よりも外食に感心があって、社会に繋がっているから。
高級料亭の食よりもB級グルメとか、レトルト食品とかに、興味が向きます。
それと地産地消とか、食べ物をどう扱うかという社会問題に至る方への興味です。
最近は、チャラついた日本の現状を作っているひとつ、外食チェーンの食事です。
食欲を満たす方法を、あの手この手で、体験的に食してレポートしています。
性欲を満たす方法のほうは、興味あっても実行しないからレポートできませんが。
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日記190222

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一日という時間があっという間に過ぎる、そんな感覚になってきます。
年とると年月の過ぎるのが早く感じられる、とはよく聞かされたものです。
実際に、年をとるにつれて、実感として、ものすごく早く過ぎる感覚です。
人間の感覚って、どうしてこんなに違ってくるのか、浦島太郎を実感します。
最近は、カメラを持って、あちこち、主に古墳のある処を探して歩いています。
写真のポイントを絞るためですが、そのポイントは風土に根ざした場所です。
写真に撮るモノの意味を求めて、その意味を自分でかみしめながら写真にする。
見るヒトには、説明を加えない、言葉を介在させない、このことを実験しています。
これまでの「写真」の概念を無視して、意味を失くしてしまう作業です。
面白い、面白くない、と問えば、面白くない写真になると思います。
写真の意味を、写真をとおして、様々な言葉で綴る意味を、剥奪する実験です。
まあ、今日は、もう夜も遅いから、この辺で終えます。
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食べ物語-3-

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食べ物については、まったく高級志向ではなくて、いかに廉価に賄うかがテーマです。
なぜそうなのかといえば、たぶん、お金がないから、これが大きな理由だと思います。
写真を撮るようになって、フィルム代とかにお金をまわすためには、食べ物代を減らす。
そういう習性がついてしまったのかも知れないと、思うことしきりです。
牛鍋ですが、松屋のが520円(写真)で、他の店より、ここが一番安いですね。
牛鍋に、卵と、少なめのご飯と、味噌汁、がついてきて、リーズナブルなんです。
ICOCAカードが使えるから、現金払う抵抗感もなくて、気分良好、リッチになります。

手を込めない方がいい、自然に近いのが一番いい、生き方もこの方向です。
テクニックは使わない、なるべく自然のママが良い、と思うのは、自分が出来ないから。
野菜より山菜が好き、というのも山菜には自然さがあり、肥料も自然のままだから。
生き物の尊厳を、あまりコントロールしない方がいいと思っているわけです。
人間にも、あまり変な教育を施さない方がいい、自然を愛する心を育てる方が良い。
とんでもない技術の中に生きている現代人の自分ですが、自然の方へ、です。
自給自足なんて無理なことなのに、そういう方向へと気持ちは向いているんです。
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食べ物語-2-

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かって子供の頃、洋食といえばスター食堂、そこのランチをよく食べさせてもらいました。
千本の映画館の向かいにあり、新京極のなかには本店がありました。
千本の店は無くなりましたが、新京極の店は、現在でもありますね。
孫を連れて、昔懐かし、スター食堂のランチを食べに、行きました。
今は、大手資本のチェーン店が、廉価でランチメニューを提供していますね。
食については、洋食ランチ、600円から1000円くらいで、食べられますね。
ごはん、カレー、スープ、それにフリードリンク、野菜食べ放題、凄いですね。
洋食の店、回転寿司の店、牛丼の店、カレーの店、外食産業大流行りですね。
豊饒の海じゃないけれど、豊饒の食ですね、まさに、現代日本、豊饒です。
でも、食に関しては、ピンからキリまであって、どれを選ぶか、迷います。
これでいいのか食文化、なんて嘆いてみても、良質なものを食べる財力がないです。

物語190215

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日本寫眞記(2)
或る時、嵐電帷子ノ辻駅からJR太秦駅へいく道筋に古墳があると知りました。
この界隈も含め、太秦から嵯峨野一帯を古墳群といっていて、その一つが此処。
垂箕山古墳(たるみやまこふん)とされていて、秦一族の墓だろうとの推測です。
後期古墳時代のもの六世紀半の古墳のようですが、今は皇族の墓になっています。
なんだか、分かりにくいところですが、ぼく自身も混沌としてきます。

日本寫眞記と題して、ここは第二シリーズの終わりの項とします。
そもそもの題名自体がピンと来ていなくて、たとえば日本生成記なんかを考えています。
でも、生成記なんて名付けるのも、まだ時代が早すぎると思っています。
日本の現在からこの先、日本創生の神話が、再度浮上する時代を待つところです。
現在の政治家たちの心の状況を読み解くと、察するに、神話時代に戻そうとの気配です。
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物語190213

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日本寫眞記(2)
圓山陵墓参考地と書かれた立札を探しあててゆるい丘を上っていきました。
大覚寺の大沢の池から南へ下がった左側、住宅の裏になる場所です。
何度か上って、南斜面に大きな石があるのを見つけて、なに?、と思いました。
石棺の蓋としての石だろうと思いましたが、たぶんそうでしょう。
まだ発掘されていない石棺なのかもしれない、参考地とあるから皇族の墓か。
それなら、年代はかなり下がってくるわけで、平安京造営以後ですかね。

嵯峨野古墳群という呼び名があることを知って、古墳を見に行こうと思った。
嵯峨野の風景をロングで撮っていて、ポイントが定まらない頃でした。
名がわからない、畠の中に丘を見つけて、古墳かも、と思っているなかでした。
現場で学ぶ、ということで知識を重ねていく方法をとっている取材です。
まとめられた書物を読んで、それに基づいて写真を撮りにいく、という方法ではなくて。
現地で得る感触と知識と、若干の参考文献で、写真と文をまとめようと思っているのです。
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